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38章 逢う魔が時に魔者二人




とりあえず。地震のことはふせておいて、靖と鈴実にキュラの暴走っぷりを軽く説明した。
そのせいで、ラーキさんって人は激怒してキュラにあれだけの仕打ちをしたということ。
とりあえず。私は、キュラに魔法で攻撃されたこともレリを含めて皆にふせておいた。
まあ、あれに関してはどうしてキュラがそんなことしたのか理由なんて検討もつかないから。
説明を求められても答えに詰まる。多分、キュラもそうだろうし。
「あー、痛い痛い……あれって何だったのよ。あら清海?それに気絶しちゃってるけどキュラ」
ちょうど私とレリが説明しおわったあとに美紀が起きた。これはタイミングが良いっていうのかなあ。
「あ、美紀。おはよー」
「うん。お帰り、清海。それで、どうしてこんなことになってるのかしら? キュラとか」
「キュラがすごく暴走しちゃってねー。さらってった人を逆にのしてその時瞳の色も緑から赤に変わってたんだけど」
「……清海、悪いけどそれじゃ説明になってないわ」
さすが美紀。寝起きでも頭はシャキッっとしてるなぁ。でもまた説明するのも面倒なんだよねえ。
「とにかくキュラが性格変わってさらった人間殺しちゃったらしいのよ。で。いろいろあって清海とレリがキュラを捕まえたと」
キュラが殺したっていうのはルシードさんが言ってたけど、全然信じられなかった。
直に見たっていうルシードさんの言葉は、私でも信じられないんだもん。皆は尚更そうだよね。
「そう……って、鈴実。さらりと言うわね」
美紀の呟きにそれが何って感じの顔の鈴実。過去が過去なだけに、それも仕方なかった。
鈴実の過去を覚えてる私は何も言えない。いろいろあったからなぁ。
怪奇現象が日常茶飯事だった過去があったから鈴実はそういうのに動じない。
怪奇現象と隣り合わせの鈴実がファンタジー好きなのは不思議なことだけど。
「本当に殺しちゃったのかな?」
ぽつりとレリが言った言葉には皆沈黙だった。
ことの真相を知ってるルシードさんは今気絶した司祭っぽいお兄さんを運んでいてこの場にはいない。
レイはそのルシードさんの案内をしてる。でもどうして二人ともラーキさんを殴ったりしたんだろう。
ルシードさんはグローブの金属部分でレイは剣の柄。すごく痛そうだったな、あの音。
「まあ、キュラが帰って来たなら……」
「良いことはないだろう」
靖の言葉を遮るレイは呆れ顔で大きな本を片手に言った。
「はあ? なんでだよ」
靖の反論に皆で頷いた。特に鈴実はあんた誰よって顔でレイを睨んだ。
あーそういえばまだ皆にレイのこと紹介してなかったけ。考えてもみれば、命の恩人なんだよねレイって。
でもレリの命の恩人を私の命の恩人は容赦なく殴って気絶させてくれちゃったのがなあ。
いや、そうしてくれないとキュラの命が本気で危なかったんだよね。レイはキュラにとっても命の恩人になる、のかな。
そのレイがキュラのことをよくないって言うのは気にかかるけど。じゃあ、なんでさっきは助けたの?
「ところで、その大きい本は何なの?」
「あいつは魔者だ。自覚しろ」
そう言ってレイは私に大きな本を渡した。私は本の重さによろけそうになる。
よくこんなもの片手で軽々と持ってられたなぁ。やっぱり馬鹿力なのかな。
あ、人間を軽々と投げ飛ばせるんだからこんな本でも朝飯前の前々だよね。
そんなことを思ってるうちに、レイは部屋を出てどこかへと消えた。
でもって、マシャ? 何だろ……聞いたことのない単語だけど。私は視点をレイに渡された本に移した。
渡された本の表紙には魔物辞典。そう大きく書かれていた。
近くにあったテーブルにのせて本の重い表紙めくってみる。ページにはずらりと小さな文字が並んでいた。
「うひゃぁー、文字小さくて読みにくいよ。これ」
しかも手書き風だから更に読みづらいったらこの上ない。これじゃあ五十音順に探すのでも骨だよー。
「私が探そっか?」
「うん、おねがい」
ありがたい美紀の提案に私はすぐさま本を渡した。助かるよー。
美紀は眼鏡をどこからか取り出して掛けた。美紀って相変わらず隠し持つの上手だよね。
今でもハリセン持ってそうだなあ。どこに仕舞うスペースなんてあるんだろう。



パラパラとページをめくっていた美紀の手が止まって一ヶ所に焦点を絞った。
「あった。魔者のことが書いてある」
「どんなの?」
「人と魔物にできた存在。とあるわね……あと、覚醒した魔者は危険らしいわ」
人と魔物の、ってことハーフってことだよね、つまり。ハーフエルフみたいな存在ってこと?
ゲームみたいだなあ。あ、魔法が当たり前の世界でファンタジーがどうとか言ってもどうにもならないか。
「覚醒って何だよ」
靖のもっともな言葉に美紀は本の文字を指たどって詳しい記述がされてる部分を探した。
「ここに書いてあるわ。魔者の場合、人と魔物でしょ。その魔に目覚めるってことらしいけど」
「魔に目覚めるって魔物みたいな姿になるの?」
えー、それはやだよ。レリ、怖いこと言うなぁ……いきなり人が音をたてて変化していく様子なんて見たくないよ私は。
そんなの見たら数日は肉を食べたくなりそうだし。
「覚醒するのは姿じゃなくて心ね。容姿には変化が無いらしいわ。肉体能力の上昇っていうのはあるらしいけど」
「へー。じゃあ人の姿をしてても魔者ってこともあるんだ? 魔物と違って」
「そういうこともあるわね。でも全てがそうってわけでもないでしょ」
「それで対処法とかはあるの? 見分ける特徴とか」
「ちょっと待って……特徴は様々らしいけど、一つだけ共通してる部分があるみたいよ。魔者は瞳が赤に変色するってあるわ」
それってキュラのこと? キュラも瞳の色が赤くなったし。
魔者だったの? じゃあ、半分は魔物の血が入ってるってことになるの?
「キュラって魔者だったんだ」
「兆があったなら、そうなるんじゃない? あとはもう魔者についての記述はないわ」
「……なあ、つまり結局どうなるわけだ?」
話の最中、頭を捻ったりしていた靖が眉間にしわを作ってきいた。
うん、私もイマイチわからないんだよね。キュラに魔物の血が混じってるのはわかったけど。
「キュラは危険な存在ってことね。でも」
「しっくりこない」
皆の声が重なった。だってキュラ、レリと靖に引きずられるくらいだし……ねぇ?
私たちはお互い顔を見合わせて二回頷きあった。二回も頷くことに何か意味があるわけじゃないけど。
キュラの魔法で気を失ったあれは夢だったんじゃないかと思えるくらいだし。でも夢じゃなかったんだよね。
傍にレイがいたし。ミレーネさんの実体があったことのほうが夢かと思った。
そもそも、あれは状況が状況だったし。キュラが攫われて私の前にまた現れるまでの空白期間は誰も知らない。
その間によっぽど辛い目に遭わされたんなら、ああなっても仕方がない気がした。
自暴自棄になったら知り合いだろうと攻撃したくなるんだろうなってことは、想像できるから。



窓の外が赤く染まり始めた頃、私はすっかり忘れていたことを思い出した。
「あ…………そういえば手紙」
皆が一瞬、私の言ってることがわからないという顔をした。数秒たって靖は口を少し開いた。
あ、叫ぶ直前。私は両手で耳を押さえた。耳を塞いどかないと。鈴実、美紀、レリ。そろそろ来るよ注意して。
「あ――――っ! そうだ、それだろ俺たちの目的は!」
「靖、うるさいってば! でも手紙は持ってないんじゃなかった? また書いて貰えば」
レリの非難と提案も靖は耳に入らないかのように、どーすんだよと喚いた。
ちょっと靖、聞いてる? アイコンタクトをとろうにも視線が重ならなきゃ無理だった。
「ほっほっほ……元気な子供たちじゃのぉ」
「あ、カースさん。こんばんは」
もう大丈夫なのかな。いつのまにか、大きな水晶玉を持ったカースさんが目の前にいた。
「手紙なんて書き直せば良いじゃない。そもそも、あたし達の受け取る手紙って何の手紙なのよ」
うひゃああ……鈴実、本人がいる前でいけしゃあしゃあと。何を書いてるのかは私も気になるけど、他人のものだし。
「無理じゃよ。あれは特殊な物での、あれでなければ受け取ってはくれんのじゃ。中は知らんほうが身のためじゃよ」
やれやれ、と頭をふり、カースさんは言った。そのことに鈴実は何も言わない。
「さて、訊くが。君たちの中で魔力がもっとも高い者は誰かの?」
何だろ、いきなり。でもそんなこと言われてもわからないよ? 腕力みたいに測れるものじゃないもん。
「知らない」
「ではこれをお前さんら全員持ってみてはくれんか」
カースさんの近くにいた靖が疑問符を飛ばしつつも受け取った。
水晶玉を靖が持っても何も変わらない。カースさんは見てふむ、と頷いて次、と言った。
美紀が靖から透明な水晶玉を受け取る。さっきと変わったところは無かった。
「私じゃ無理みたいよ」
カースさんが口を開く前に美紀が鈴実に水晶玉を渡した。
「水晶、ね。何か試してるってわけでもなさそうだけど」
鈴実の手に渡ると水晶玉がモノクロな一色に染まった。
「黒? でも灰色にも見えるよね」
なんだろうこれ。でもそれ以上は何も見えなかった。レリに水晶が渡される。
「うーん……映ったことは映ったけど、何のシルエット?」
水晶に映ったのは影。人の形だけど…肩の部分で片方だけ突きでてる場所がある。
「これって見たことあるよーな、ないよーな」
影以外は他に映らなかった。最後にレリから私に水晶が渡されてまた別の何かが像を結んだ。
そこには見知った人と陽光によって発生した影が映し出されていく。
「……ルシードさん? カースさん、これって」
「ほぉ、彼がのぉ。しかし変わっておる……影、とはの」
カースさんはまるで独りごとのようにそう呟いた。
顔には笑みをうかべてそうかそうか、と水晶玉に映る映像を見つめていた。
私が持ち続けていた間水晶にはルシードさんと長く伸びた影だけが映っていた。背景はなかった。



日も落ちて空はいつの間にか闇に染まっていた。部屋の明かりは大きな蝋燭が何本も天井にかかってる奴だけ。
ランプとかないのかな。それともこういうのが好きなのかな? まあ明るければどっちでもいっか。
疑問に終止符を打ったところで、扉が大きな音をたてて開いた。
「たっだいまーって誰よあんたたちばあちゃんは!?」
マシンガンの如くに言葉が飛び込んだ。開いた扉の先にいたのは女の人。私よりちょっと年上かな?
このお屋敷におばあさんなんているの? とんと見かけなかったんだけどなー。
まあ、でも思えば私たちはトイレに行く以外は部屋の外をうろつかなかったから、いても気づかないのが普通かな。
「此処にはおらんよ。また裏の宿におるんじゃろう。心配せんで良い」
いつの間にかカースさんが私の横に。カースさんも忍び寄るの上手だよね。レイよりはびっくりしないけど。
「あれ? じいちゃん珍しいね。行方不明だったんじゃないの。あ、レイか。この子たちってあれなの?」
「ほほ。そういうわけじゃ。客人なのじゃからのぉ」
「えーちょっと待ってよじいちゃん今日城から呼び出しだよ!? そんないきなり材料もないのに。あ、あたし絶対に行きたくないからね!」
会話の要点はさっぱり掴めなかった。よくこのお姉さんのマシンガントークについていけるなあ、カースさん。
それに、お城から呼び出し? カースさんここに帰ってから半日くらいなのに。もう帰ってることが知れ渡ってるんだ。
「そうじゃのぉ、メーディラとレイは相性がよくない。うん、代理はおるから買いだしに行っておいで」
優しく微笑んで、カースさんはふと思い出したかのように言った。
「孫のメーディラじゃ。ほれ、挨拶くらいしなさい」
「あ、よろしくね。私はメーディラ=ヒルドヴァ=デッサム。よろしくね」
にこりと微笑まれると私はつられて微笑み返し、自分の名前を告げた。それに続いて皆も名前を告げていく。
私たち全員の紹介を聞き終わるとメーディラさんはじゃ、と言って部屋を出ていった。
「今日は宴となるかの……まあ、今日を楽しんでいきなさい」
靖が宴、という単語に顔を輝かせた。好きだよねこういうの。今の靖は間違い無く心踊ってる。断言できるね。

「手紙も手に入ったことじゃしの」

「………………はい?」
異口同音で五つの声。手紙は無いんじゃなかったっけ? カースさんの言葉、矛盾してるよ。
「さっき、手紙はないって」
「彼が持っておったのじゃ。偶然見つけてくたらしいが儲けものじゃのー」
ほっほっほっほっほ、と今日何回聞いたかわからない笑い声をたてた。彼ってルシードさん?
ん、待ってよ。っていうことは手紙を受け取ったらここから動くってことで。それで宴を開くの?
「これでようやく次に動けるわね?」
何故か美紀が鈴実に視線を投げかけた。え、なに。鈴実がどうかしたの。
まあそれは置いといて。明日にはこの国からでるってことなんだよね。でも何かひっかかるものがある。
なんだっけ? ちょっと思い出せない。キュラのことじゃあないと思うんだけど。
うーん、まあ……いっか。宴っていうんだし。おいしい料理とか食べられそう。何が出るのかなー♪



私たちは、今日はカースさんの屋敷に泊まらせてもらうことになった。
男女別に四人部屋と一人部屋を貸し与えられたんだけど、やっぱり部屋も広かった。
シャンデリアとかは無いけどベットとか質が良いし。体が沈んじゃうくらい。
部屋の中の調度品はよく見るとどれも良質のものばっかり。一目ではわからなかったけど。
こういうのを見るとやっぱりカースさんすごい人なんだなー、と感心しちゃった。
でもホテルに泊まってるみたいでどうにも落ちつけれないんだよね。
私はメーディラさんに屋敷内を案内してもらった時に見つけた、縁側にいた。
ここが一番落ちつけそうだったし、この場所から見える日暮れがすっごく綺麗だから。
「清海ちゃんよね」
「へ? あ、はい。そうです」
メーディラさんだ。手にはおたまがあってエプロン姿。空いている右手は私の肩に置かれた。
「ちょっと良い? 時間は、まだあるわね」
「はい? 何のことですか?」
「一つ言っておくわ。嫌だと思ったらそう言って良いからね」
話がよくわかんないんですけど。嫌だと思ったら言って良いって献立のこと? でもそれって失礼なことだよね。
どうしよう、何を頼まれるかもわからないのに用件を呑むのって安請け負いだよね。それはするなってお父さんが言ってた。
前に、友人の頼みを安請け負いして売上が赤字になったことがあるって教訓話をしてたもん。原価割れがどうだとかで。
「まあ、とにかくやるだけやってみましょうか」
「え……」
「大丈夫、その後でも修正は利くから。とりあえず来て」
メーディラさんにわけがわからないまま連れ去られた。えええ、何なの一体?

「ここはどこなんですか?」
連れてこられた部屋には服、というかドレスがいっぱい。あと、いろいろ宝石とかもたくさん。お金持ちだなあ。
やっぱりうちのアクセサリーとは材質とかで比べものにならないや。デザインは、どうだか知らないけど。
ガラス細工職人のお父さんに言わせれば、デザインではどんな細工師にも負けないってことは宣言しそうだけど。
やっぱり、金属の光沢とか宝石の手触りにはガラスじゃ適わない気がする。ごめんね、お父さん。娘はそう思います。
「さ、着飾っちゃいましょうか♪」
「メーディラさんがですか?」
そういうと一瞬目を丸められた。そうじゃないの? だって私、ああいうの着たことなんてないし。
かといって着替えるから手伝ってと言われても困るんだけどね。着付けなんて尚更できないよ。美容師じゃあるまいし。
「やーねぇ、清海ちゃん。あなたをよ」
微笑まれてポンと肩に手を置かれた。
かと思うと私はメーディラさんに座らされていた。ストンと、真後ろにあったらしい背もたれ付きの椅子に。
「……え――!」
そういわれたって私ドレスなんて着たことないし動きにくそうだし、どうやって着るのかなんて知らないのに!
「着つけは私がしてあげるから。あ、レイと行くのが嫌なら断って良いのよ。あいつ相手じゃ当然だから!」
なんか最後の部分、メーディラさん力を込めて言ってる。メーディラさんレイのこと嫌いなのかなぁ。
「レイが一緒っていうのは別に良いんですけど……メーディラさん嫌いなの? レイのこと」
「そりゃそうよ。一体何度あいつには剣を突きつけられたことか。清海ちゃんはあんなのでも良いの?」
うわ……レイ、剣を突きつけちゃ駄目だって。それで、あんなの扱いなんだ。相当嫌われてるなぁ、レイ。
うんでも誰だってそこまでされたら嫌いになると思うから同情はできないけどね。だから無理にはしないけど。
「そこまで酷くはないと思うんですけど。私のこと助けてくれたし」
思えばレイがいなかったら死んでたんだよね。今こそさらりとそう思えるけど。あの時は怖かったな。
それからいろいろと危ないことからは遠ざけてくれたし。とはいっても単に私がいたら邪魔だったからだろうけど。
「そう……良いのね。あいつで」
杞憂そうにメーディラさんは左手を頬にあててため息を吐いた。
でもメーディラさん、さっきの言葉とため息のわりには顔が嬉しそうなんですけど。それがむしろ不安なんですけど。
「じゃ、そういうことで何にしようから? いろいろ着せてみたいのよねー♪」
私は笑顔のメーディラさんを見てこれからあれやこれやと着せ替え人形にされそうな気がした。
えーっと、うん。あれは誘導尋問な感覚で言質をとったというか……私、はめられたんだと思う。
気づいたときには遅かった。うーん、なんだかちょっと面白くないよ?
レイと一緒にどこかへ行くこと。それは別に今さら、気にならない。二日くらい一緒に行動した仲だし。
ドレスを着せられるのも、ドキドキするけど女の子の憧れだもん。けっしてイヤな気分じゃない。
だけど……誰かに乗せられたっていうのは、少しイヤ。誰かに巻き込まれるのとは、大いに違う。
だって、メーディラさんは確認をとるって言ったけど。あんな聞かれ方したら、断れないし後から文句も言えない。
でもじゃあ断れたなら、文句が言えたなら良いのかっていうと。そうでもないのがなあ。
私、メーディラさんは苦手かも。まだレイのほうが上手く話をできる気すらする。



「はい。できあがり! どう?」
手鏡を渡された。うーん……どうなんだろう、見るの怖いかも。どんな姿なんだろう、今の私。
動きにくいのだと何かあったらすぐこけそうだから、軽めのドレスにしてもらったけど。
それに髪の毛にも何か吹きつけられて、メーディラさんの好きなように弄られたし
「ほらほら。見てみなさいって」
促されて私はおそるおそる手鏡を覗いて自分で自分に驚いた。間抜けなことかもしれないけど。
私の髪はふわふわになってて触ってみると自分の髪なのに触りごこちが良かった。すごーい。
感動してるとメーディラさんがネックレスをつけてくれた。シンプルな十字架でその中央に小さな宝石がついてる。
「まあ、ちょっといじっただけだけど。悪くないでしょう? じゃ、出ましょうか」
椅子から立ち上がってみるとスッと動くことができた。いつもとそう変わらない。
動きにくいこともないし、これなら普通に歩けそう。ちょっと、下半身が重いけど。
普通には歩けるけど走ろうと思ったら裾上げなきゃいけないかな。問題らしい問題といえば、それくらい。
でもどうしてこれを着るんだろう? それがわからなかった。肝心なことは教えてくれないんだもん。
メーディラさんって肝心なことは後回しにしてる気がする。よっぽど言いたくないことなのかな。

部屋の扉をメーディラさんが開けるとレイが腕を組んで立ってた。
「メーディラ何をやってるんだ。もうすぐ時間……」
「今日は私じゃなくて清海ちゃんよ。イエィッ」
勝利のブイサインをしそうな声でメーディラさんは人差し指を振った。
眉を潜めて、後ろから出てきた私をレイは一瞥してすぐに逸らした。なんだか視線が痛かったような。
「あはは……着せられちゃった」
やっぱり似合ってないのかな? 私ってレリと同じで全然お上品とかじゃないし。
鈴実とか美紀に着せたらばっちり似合うんだろうけど。あのレリだって澄ましてれば人形みたいに可愛いよね。
うう、なんだかレイに見られてみると自信がなくなってきた。この後、何言われるんだろう……?
レイは何も言わずにどこかに行った。え、まさかのノーコメントなの酷い。
メーディラさんは面白いものを見たかのような顔をしていた。どうして今そんな顔ができるの?
「メーディラさん、どうしたの?」
「……勝った!」
え、何に。私は首を傾げる。レイがいなくなって、それが勝ちなの? 無言で立ち去るのが?
「レイが文句つけないなんて珍しいことなのよ。私なんていっつも似合わないとか変だとか言われてるんだけど」
「あー、それで……っていうか、それもですか」
そう言われたら怒るよね。それもあるからメーディラさん、レイが嫌いなんだ。さすがに、納得せざるを得なかった。
誰だって否定されることがわかってるのに頑張って着飾ろうとは思わないよね。
しかも、その相手と連れだって外出しなきゃならないとなればテンションだだ落ちだろうし。
うん完全にレイが悪い。メーディラさんが私を陥れたのもレイのせいってことで水に流せるよ。
「多分すぐ来ると思うから。じゃ、代理よろしくね。詳しいことはレイからきいて」
「え……ちょっとメーディラさん!」
内心で私が許してる間にメーディラさんは行っちゃった。あんまりにストレートだったから、動けなかった。
代理? それってもしかしてお城にいくとかいうあれ? カースさんが言ってた代理って……私!?
えええ。そんなこと思ってもなかったよ。じゃあお料理は? せっかく楽しみにしてたのに。
「きいてない……」
ガクッ、と膝まづきかけたらそうならなかった。右肩近くをいつもの冷めた目のレイが掴んでたから。
不思議そうな顔で私を見てる。その表情から、どうも私を支えてくれたらしいことに気付いた。
あー、レイだ。うん? 服装が違うような。黒コートの下がいつもと違う。
カッターシャツ姿で、棒リボンを首元で結んでいた。それがレイの正装姿なのかな。
「行くぞ」
「りょーかーい」
うー、それにしてもメーディラさんってば。最初に肝心なこと言ってくれないなんて酷いよー。



レイと二人、私はお城へと続いていそうな広い表通りにいた。
こんな時間でもまだ賑わってる。賑やかそうなのは酒場からかな。逆に、こんな時間だから賑わうの?
「あ、お城の天辺が壊れてる」
「壊したのは誰だと思っている」
う。レイの言葉に私は言葉を詰まらせた。私が犯人でした……でもそれはレイに魔道書を渡されてやったからで。
「あ、ははー。だってあそこまですごいなんて思わなかったんだもん」
それにしても歩きにくいなぁ……椅子から立ったときは余裕で歩行くらいできると思ってたんだけど。
通りの道は充満してるしてるわけじゃないけど、人がたくさん行き来をしていて身動きが取りづらい。
ここではぐれたら探すの大変だろうなー。レイが探しにきてくれることはないだろうし。
「はぐれるなよ」
「うん、わかってるよ」
この言い様だし。はぐれたことに気づいても一人行きそうだよ、レイって。
それと少し気になるんだけど。時々ちらりと通り過ぎた人に見られるんだよね。
あの中で一番シンプルなものを選んだんだけどなー。ロングドレスだから持ち上げないと走れないのが難点。
「ちょいとそこの娘さん」
お店の人に声をかけられた。なんだろう? 私は歩く足を止めた。どこか変かな、やっぱり。俄か者だし。
「はい? なんですかー」
「これをいらんかね? 娘さんに似合うと思うんだが」
そう言われて差し出されたのは綺麗な髪飾り。いろんな色の宝石が大小散りばめられた大きな細工品。
私はそれを見て手をぶんぶん振るとお店のおじさんには、おや、と首を傾げられた。
「私には勿体ないし……高そうだし」
「そうかね? 私は娘さんになら特別まけて良いんだがね」
「んー、折角ですけど。いいです、他の人にそう声を掛けてください」
私はお金なんて持ってないし。それに絶対、他に誰か似合う人がいるよ。
でもさすがお店の人は上手いよね。多分、ああやって売上を伸ばしていってるんだ。
「まあ、気が向いたらまた来てくれれば良いさ」
私はその声に手を振って応えた。例えおべっかだろうと、ああ言われて嬉しくないわけがないもん。
あ、レイがいない……はぐれた? そう思ってあたりを見回すと私の後にいた。待っててくれたの?
口を開こうとしたら、レイは何も言わずにすたすたと歩きだした。私は遅れないようにレイの後を追った。
「私にあれは勿体ないよね」
一度くらいなら、付けてみたい気もしたけど、でも私には勿体ないよやっぱり。
それに試してたら時間がないって怒られそうだし。うん、あれは綺麗だったけど諦めよう。
「どうだろうな」
え? さっきの空耳かな。言葉は素気ないのに口調は優しかったような気がする。
……聞き間違い、だよねきっと。レイだったら同意なんてしなさそうだし。
でも本当にそう言ってくれていたら、少し嬉しい気もした。どうしてかな。



「うひゃぁ。たくさん人がいるね」
お城の城門をくぐったところに人がたくさん。しかも全員、服装が豪華。
「何かあるのか……」
レイが人を掻き分けて何があるのか見に行った。私は大人しく動かず待ってる。
うーん、でもこんなにたくさん……レイ、ちゃんと見つけてくれるかな? そもそもカースさんが呼ばれたのにどうしてこんなに人がいるの。
まるで舞踏会にでも来たような感じ。でも舞踏会があるならわかるかも。
そうだよ、呼び出しを受けたのは何も今日じゃないなら。それが数日前からだったなら辻褄、合うよね?
「あら、見かけない子ね」
へ? 振り向くと扇を持ったお姉さんがいる。重そうなドレスだなー。私あんなの来てたら歩き始めて三歩でこけそう。
「今日は初めてなのかしら? かわいらしいこと」
そう言われても。どう答えれば良いのやら。この人は本物の貴族だよね、きっと。
社交界とか、そんな場所にいそうな格好と振舞いだもん。人前に出るのが仕事みたいな。
「あ、はい……」
とりあえず返事はしておかないと怪しく思われそうで頷いた。これは嘘じゃないもん。
こんな場所に来るのは最初で最後だけどね。一生、私とは縁のない世界だよ。近くても誰かの結婚式会場がせいぜいだろうし。
「そう。私はね、フェネディラリア。ファルドラ侯が私の父。あなたは?」
えっと待ってよ。なに、そのファルドラ云々って。ゲーム? えーっと、攻略本のキャラ紹介じゃあ……。
侯っていうのはその土地の領主さんの名前じゃなくて。この人はファルドラって土地の領主さんの娘なんだよね。
いわゆるお姫様。すごい、そんな人が私の目の前にいるんだ。
う。相手の身分とか立場はそれなりに想像できるけど、私はどう答えれば良いんだろう。
代理っていっても私なんでもないし平民ってところだから……ううう、凡人がこんなところにいたら変だと思われる。
どうしよう。でも、なんとか自分でこの場は乗り切らないと。
「どうかして? あなた気分がよろしくないの?」
心配そうに顔を覗きこまれた。悪い人じゃないんだけど。ど、どうしよう。

『グイッ』

不意に肩を後ろから引っ張れた。私が振りかえるとレイがいた。
私の右肩をしっかりと掴んだまま、レイがお姫様を見据えた。眼力は控えめにしてあった。
た、助かったぁ。レイに任せておこう。それなら全く問題ないよね?
「あら、あなたは……なぁんだ。お手付きですの」
女の人はレイの姿を見ると少し目を見開いて何を諦めたのか軽く溜息を吐いた。ぱっと広げた羽根扇の奥で。
というか、お姫様。今、お手付きって。え、なに今ので私ってそう判断されたの? 肩を掴まれたくらいで?
私はもう一度強くレイに肩を引っ張られた。痛いってば。やっぱり馬鹿力だ、レイって。
「そう、またね。深窓の君」
女の人にそう言われて私はぺコリと頭を下げてからレイについていった。あれで良かったのかな。

「さっきの人だかりって結局なんだったの?」
レイに腕を引っ張られてどこだか知らないけど、とにかくお城の中。
迷いなく進んでるからきっと来たことあるんだろうな。道を覚えるくらいに何度も。
私の問いには答えずにレイはすっと指を伸ばした。レイの示す先には、不自然な光景があった。
「橋の跡……?」
先にあるのは川。多分お城の中で流れてるから川とは言わないんだろうけど……あれ、堀っていうんだっけ。
道が堀にへだてられててここから先に進むには橋が必要なのに橋がなかった。
でも地面には橋がかかっていたかのような跡がある。堀の先にはちぎれた大きな鎖が二条。
あの鎖と鎖の間隔は最近、すごく見覚えがあるんだけど。ひょっとしてラーキさんが魔法で呼び寄せたっていう橋は。
あれなの? うわー、どんなジャイアニズム? 公共の物すら遠慮なく使うなんて。せめて元に戻しておこうよ!
「あっちに渡るんだよね?」
「あの先に用があるからな」
でも橋がないのにどうやって行けば良いんだろ。魔法でも無理だよね。
あるなら、とっくの昔に誰かが使ってそうだし。そもそも、そんな芸当も普通にできるなら橋なんて作りもしないわけで。
さすがに私でも魔法でどうにかしたりは出来ないよ? そう、目で訴えかけてみたら。
「掴まってろ」
え、と思っているとレイに抱えあげられた。よくわかんないけど言われた通り私はレイに掴まる。
わー。これって正真正銘のお姫様抱っこだ。今の私はドレス姿で、レイも正装姿だし。
馬子にも衣装だろうけど、多分今のを写真に撮ったら様になってるんだろうなあ。
そんなことを考えていたら、身体が少し傾いた。互いに密着してるから、レイが膝を落としたのだとわかった。
え。ということは、この展開はもしかして。
レイは私を抱えて堀の上を飛び越えた。予想した瞬間にこれ!? 期待は裏切らないというか!
「え――っ! お、落ちるうぅぅ!?」
「黙れ。煩い」
ちょっとここはいわゆる堀っていうお城の防衛のために作られた人工的な溝があるんだけど!
落ちたら水にドボンで、まさか死にはしないだろうけどドレスとかがびしょ濡れになる。
これ借り物なのに! 弁償しろって言われても出来ないよ、責任なんてとれない!
『スタッ』
「はへ? え、レイって……な、何者?」
絶対に落ちる、と思ったのにレイは簡単に三メートルはある堀を飛び越えた。私を持ったまま無事に着地。
これはもう馬鹿力って領域じゃないよ。身体能力が良すぎて異常って領域だよ。
「魔者だからな」
「……人じゃないの、レイって」
そうだ、とこともなげに人間と魔物のハーフらしいレイは頷いた。







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